100万単位のスクリーニングで躍進する微生物探索

カビや酵母、細菌などといった微生物によるさまざまな物質を生産・分解する力は、現在、幅広い分野で注目されている。食物、医学、環境、エネルギー生産など多くの分野で限りない可能性を持つとされているが、その機能が知られている微生物は、まだ1%にも満たない。

「泥臭く地道に探し、増やし、機能や活性を観察する微生物探索において、その数を飛躍的に増やすのは時間的にも費用的にも手作業では限界があります。100万単位でのスクリーニングが可能になれば、微生物研究が大きく発展するはずです」と語る長岡技術科学大学工学研究科の小笠原渉教授が出会ったのが、株式会社オンチップ・バイオテクノロジーズOn-chip® SortOn-chip Droplet® Generatorだ。

長岡技術科学大学 工学研究科 小笠原渉教授

On-chip® Droplet Generatorは、オンチップ独自の使い捨てマイクロ流路チップにより直径20~100umのwater-in-oilのエマルジョンを安定かつ均一に作製し、その中に微生物や細胞を封入し極小の反応系を作ることを可能にした。さらにそのエマルジョンをOn-chip® Sortによって解析・ソーティングすることにより、従来のマイクロプレートを用いた方法よりも、圧倒的に低コストで短時間に、そして100万単位のスクリーニングが可能となった。

この100万単位でのスクリーニング=ミリオン・スクリーニングで微生物探索はどう発展するのか、バイオ研究で日本の産業発展までも見据える小笠原教授にお話を聞いた。

── なぜ、これまでミリオン・スクリーニングはできなかったのでしょうか。

微生物に注目が集まり始めていますが、私たちがその機能を知るものは1%もありません。私は微生物の活性や機能といったメカニズム解明を進めると共に微生物探索をおこない、環境中に存在する無数の微生物を培養することで有用なものを発見することを目指しています。そのためには難培養・未培養とされている多種多様な微生物を様々な条件で培養しつつ、スクリーニングによって機能や活性を見出していかなければならず、膨大な数の検体が必要となります。ある論文では、100万の検体のスクリーニングをしなければ、活性や機能をもった微生物を見つける可能性が少ないという根拠が示されています。100万単位でのスクリーニング=ミリオン・スクリーニングがなければ、微生物探索はできないと言えます。

これまでも特定の微生物を改良、育種のための培養は1万単位が可能でしたが、環境から培養できる微生物は0.001%もありません。そういった難培養・未培養の微生物にトライするには環境を模倣するのか、新しい条件をつくりだすのかなど試行錯誤も重ねなければなりませんから、ほぼ不可能とされてきました。

仮に従来のやり方でミリオン・スクリーニングを行うには、384ウェルのプレートを使ったとして2600枚必要になります。その費用や人件費、装置の設置などを考えたら、アカデミアでも企業でもトライしないのが常識でした。仮にやったとしても大学のラボでは通常1万、がんばっても10万くらいが限界でしょう。

しかし、環境の中にはまだまだ未知の微生物、未知の活性を持つものがたくさんいることはわかっていましたから、企業よりも早くアカデミアで着手したいという思いがありました。どうやったら費用、時間、空間を省きながら実現できるのか悩んでいるときに、産業技術総合研究所バイオメディカル研究部門の野田尚宏先生、九州大学農学研究院の田代康介先生から紹介されたのが、オンチップ・バイオテクノロジーズの装置でした。

── On-chipSortOn-chipDroplet Generatorで何が実現できたのでしょうか。

On-chip Droplet generatorではwater-in-oilのエマルジョンを作製して、その液滴1つひとつに微生物を入れてカプセル化し、直径20~100umのエマルジョンの中で細胞や菌体粒子などのアッセイ、スクリーニングが可能だということでした。これだとマイクロプレートの100万分の1の体積で実験できますから試薬量も少なくなり、解析対象以外の夾雑物も劇的に減ります。そのエマルジョンを100万個作ったとしても1本のコニカルチューブに収まる量ですから、人の手に合わせた大きな装置や実験器具も必要ありません。エマルジョンの中に微生物の生育環境を再現できれば、100万単位の培養とスクリーニングが可能になる。これは衝撃でした。

また、マイクロプレートでは決まった菌、あるいは一番いい機能の微生物だけを選んで培養することになりますが、実際にはさまざまな微生物が隣り合い、影響し合って存在しているわけです。培養の系自体を変えなければならないということに気づいている研究者は多かったでしょうが、実現するすべがなかったのですね。しかし、オンチップの技術によって一滴のエマルジョンの中に環境を再現し、さらに温度など条件を変えながら活性を評価することも可能だとわかりました。フラスコ内での培養が一滴のエマルジョンの中で行われ、それが100万の単位で増やしていける。これを小さなインキュベーターの中でできるので、低コストや省力化というだけではない、大きな進歩だと言えるでしょう。

たとえば遺伝子解析をする場合には1つの細胞を捕まえて増やしていけばいいのですが、活性機能は1つひとつが違っています。培養する菌のバラエティが多いほど、ミリオン・スクリーニングが大きな意味を持ちます。

── On-chip Sort、On-chip Droplet Generatorの使い勝手などはいかがでしょうか。

同じような装置が存在しないので比べることはできませんが、培養のノウハウはすでに持っているものでスムーズにいきましたし、紹介していただいた産総研の野田先生が蓄積されていたノウハウを、いろいろと学ばせていただきました。これから、さまざまな研究で使われることによってバリエーションが増えていくと思います。オンチップさんも様々なコンディションを開発し完成度を上げて、ベンチャーならではの機動性の良さで対応していってもらえたらと思います。

https://on-chip.co.jp/wordpress/product/on-chip_sort

── ミリオン・スクリーニングの実現で、微生物研究はどのように変わるでしょうか。

新しい発見だけでなく、これまでわかっている有用な菌でも、その確かさが揺さぶられる事態になるかもしれませんね。自然界には、まだまだ未知の存在、未知の機能をもった微生物がたくさんある上に、すでに発見され研究されてきたものであっても、違う能力や特性がわかる可能性があります。これまでの解析では「一番いい状態」の菌を選んで研究してきているので、一部のエリート菌のことしかわかっていないわけです。トップ100の検体を全て調べ、それぞれのバリエーションを解析することも可能になりますから、これまでとまったく違う価値観の解析系ができたと言えるでしょう。エマルジョンという系の新しさ、100万単位という数の多さでポストゲノム時代に強い味方が現れたと思っています。

── 今後はどのような研究に取り組まれるのでしょうか。

これからの微生物研究は、ピンポイントで新しいものを発見するというより、人間の腸内のような複合系が注目されていきます。私が参加している中ではSIPの「スマートバイオ産業・農業基盤技術」と、NEDOの「カーボンリサイクル実現を加速するバイオ由来製品生産技術の開発」で、大学や企業の求める微生物スクリーニング方法の開発やその手法を活用し従来の手法では見つけられなかった未利用の有用微生物探索や培養方法の開発をしていきます。それらの技術を活用して得られた微生物、または遺伝子組み換えをおこなったパワフルな機能を持った微生物を使った産業へとつなげていくことになるでしょう。日本は酒造りや漬物など、伝統的に微生物をうまく利用する文化を持っています。発酵というキーワードでさまざまな企業やメーカーを巻き込んでいけば、日本ならではの強みを持った産業になるはずです。

私は、特に日本の中にいる微生物を見つけて育てたいと思っていますし、そのための装置や探し方も日本独自のものが発展していくべきだと思います。ものづくりを得意としてきた国ですから、オンチップさんなどハード面でも国産で頑張ってほしいと思います。いずれは「日本バージョン」の微生物探索がシェアされていくといいなと思いますね。

── バイオ研究の将来について、どのようなビジョンをお持ちでしょうか。

私の勤務する長岡技術科学大学のある長岡市は酒蔵の数が日本で2番めに多く、古くから微生物を培養して大きな単位で生産するというバイオ産業で栄えてきた「発酵・醸造のまち」です。現在、長岡市が微生物研究機関を集めたバイオエコノミーの拠点づくりをしており、アカデミアや企業を巻き込んだ「バイオコミュニティの実験場」となって、新たな価値観やチャンスがシェアされ、バイオ研究が発展していくことになると思います。日本という国で馴染みのある米を原料にし、発酵を通して産業化することで長岡市の文化、ひいては日本の文化が持続可能になっていくことを目指したいと考えています。

また、研究の発展には人材も重要です。長岡技術科学大学では全国の高等専門学校生と発酵の新たな可能性を開く調査・研究プロジェクト「“発酵を科学する”アイディア・コンテスト」を開催しています。バイオエコノミーが実現していけば、バイオを学ぶ彼らも大事な人材として将来に繋がっていくと考えています。長岡技術科学大学の学生の8割は高専出身です。全国からやってくる彼らが長岡という地でバイオを学び、教育者や研究者、産業従事者としてまた広い地域に巣立っていくことで、それぞれの地域の微生物探索が発展していくと思います。

──バイオ研究を目指す人へのメッセージをお願いします。

若いうちはよそに「いいもの」があると思いがちですが、すぐ身近に「いいもの」があることが多いものです。私は岩手県の米や大豆を生産する農家で生まれました。実家では味噌なども作っていて、原料となる作物から発酵の産物ができるという過程が当たり前の環境で育ったのですが、当時はまったく意識していませんでした。研究の道に進んでから、小さい頃に体験した蔵の匂いなどを「あれか!」とわかるようになり、身に染みついてきたものとサイエンスがリンクしました。情報に踊らされず、近くにあるものに目を向けてほしいと思いますね。まだ無いものを作り出すだけでなく、既にあるもの、いるものの中にも素晴らしい発見がたくさんあるのです。また、人間自体が微生物のスクリーニングマシンのようなもので、微生物の存在がわかったり発酵食品が登場するよりもはるか昔から、フレッシュではない状態の食べ物を匂いを嗅いだり、触ったりして確かめながら食べてきた長い歴史があります。微生物と共に暮らしてきたことを忘れずに、謙虚にサイエンスで取り組んでほしいと思います。

私は博士課程の時に古典的な方法でセルロースを分解する酵素を研究してスクリーニングをやっていましたが、実験をすれども2年間でノートは真っ白、まったくデータは取れずに苦労しました。最終的には菌を見つけることができて、今に至っています。若い方々も自由な見方や発想でのびのびやってほしいですし、データがとれなくても逃げずに粘ってもらいたいと思います。

まだまだ見えていない微生物はたくさんいますし、複合微生物が産生する物質には未知のものがあるはずなので、私自身の研究にも終わりはないと思っています。現在はようやく「たまたまあった」ものを取り出して、100万単位の培養が可能になったので、これまで不可能とされてきた複合系の検出や評価も自分が生きている間に実現できるのではないかと思いますね。機器や装置の開発と、培養、バイオ研究のそれぞれがしっかりコミュニケーションをとっていけば、実現していくと考えています。

(取材/文・坂元 希美)

: 2024.07.07

: 2024.07.11