マイクロ流路を使ってwater-in-oilドロップレットを作製し、その中に微生物や細胞を封入して極小の反応系を作る技術が普及したのは、ここ10年ほどのこと。その黎明期から生物学分野でドロップレット技術を用いた「宝探し」をしてきた東京大学大学院理学系研究科生物科学専攻の飯塚 怜助教は、2011年にドロップレットをマイクロ流路で分取する方法をひらめいたという。効率的な微生物探索をいち早く構想した飯塚先生に、その道程を伺った。
目的のドロップレットを分取する作業を効率化
── 飯塚先生は、なぜ研究者の道を選ばれたのでしょうか。
研究室に配属されるまでは、まったく考えていませんでした。講義で出てくるのは「既にわかっていること」ばかりで、面白くなかったんです。4年生になって研究室に入ると最先端の研究が身近なものとなり、「何がわかっていて、何がわかっていないのか」に触れるようになりました。自分にも何かやれるのではないかと思うようになったら、研究が面白くなって今に至ります。学外から一線級の先生たちを招いた大学院の講義を受けることができたことも影響したと思います。この頃に取り組んでいたのは、タンパク質を折りたたむタンパク質の研究です。当時はNature、Science、Cellといったトップジャーナルに多くの論文が掲載されている分野でした。博士課程を修了してからもしばらくその研究室に留まっていたのですが、学振の特別研究員に採択されたのをきっかけに、東京大学大学院薬学系研究科に異動し、その後特任助教に着任、その時にドロップレットを用いた研究を始めました。現在はプラスチックを分解する微生物や酵素を見つけ、それを社会実装することを目指した研究をメインにしています。
── ドロップレットを用いた研究を始めた経緯を教えて下さい。
私のいた研究室では、温度感受性ハイドロゲルを用いてマイクロ流路中で蛍光標識粒子を分取する技術を開発していました。やがて、この技術を開発した人たちが研究室を離れていき、私がこの研究を引き継ぐことになりました。この技術を用いて細胞内の超分子複合体を分取し、その構造要素を同定することを目指していましたが、ゲルを用いる系であるがゆえの問題が生じ、このままでは研究の進展が難しいと感じていました。そこで、標的の超分子複合体をドロップレットに包めば、その分取が簡単になると着想しました。それが、2011年でした。
── オンチップ・バイオテクノロジーズ社との出会いを教えて下さい。
ドロップレットを用いるのであれば、独自の分取技術を用いなくても、標的を内包するドロップレットの分取はできると思い至り、ドロップレットの分取方法を調べてみました。当時、蛍光を放つドロップレットを分離する技術は論文で報告されていたものの(Lab Chip 9, 1850-1858 (2009))、そのための装置が製品として売られているわけではありませでした。ごく限られた研究室でのみ、行うことができるものでありました。
そんな中、オンチップ社のOn-chip Sortを見て、これはドロップレットのスクリーニング及び分取に使えるのではないかとひらめきました。しかし、いきなり話を持ち込むのはハードルが高いなと思っていたところ、オンチップ社がOn-chip Sortを用いた新しい研究を公募していることを知り(第17回リバネス研究費 オンチップ・バイオテクノロジーズ賞)、応募しました。幸運にも採択していただき、2014年にOn-chip Sortを用いてドロップレットを分取する研究を始めました。その後、オンチップ社による装置のアップグレード等を経て、On-chip Sortを用いたドロップレットの分取が実現できました。
本当にやりたいこと、やるべきことの手前でつまずかない
── ドロップレットを分取する過程の効率化を目指しておられたわけですが、いかがでしたか。
On-chip Sortは本来、蛍光を指標に細胞を分取する装置です。このような装置は各社からさまざまなものが出ていますが、オイルを流すことができるのはオンチップ社の装置だけなので、ドロップレットの分取はこの装置でしか行うことができません。ドロップレットの分取に特化した装置(On-chip Droplet Selector)を用いれば、標的とする微生物や分子を内包するドロップレットを1つずつプレートに分注することができます。これにより、分取作業が人の技術に左右されなくなったことは大きな進歩ですね。私たちは、標的を内包するドロップレットを顕微鏡上で探し、ガラスの細いキャピラリーで1個ずつ吸い上げていくことも行っています。この操作を学生たちも行うのですが、得意な学生もいれば、あまり得意でない学生もいます。こうした作業を装置で簡便に行えるとなれば、得意不得意は関係なく誰でもできるので、標的を取り逃すことが少なくなります。分取が終われば、内包されていた微生物や分子を評価するといった作業が待っていて、本来労力をかけるべきなのはこちらです。そこに時間をかけられるようになりますから、研究の進展も自ずと変わります。本当にやりたいこと、やるべきことの手前でつまずかないようになったといえますね。
── そしてOn-chip Sort を使っての論文を2022年に発表されました。
「Selection of green fluorescent proteins by in vitro compartmentalization using microbead-display libraries」(Biochem. Eng. J. 187, 108627 (2022))を出すことができました。この論文の核となる成果はこの7年前に既に出していたのですが、ドロップレットの明るさを定量的に評価するところでスタックしていました。オンチップ社の装置を使うことで、これが容易になりました。もし、この装置を使っていなければ論文化できていなかったかもしれません。
── 装置に対して、今後の希望や要望はありますか。
論文で使えるような図を出力できないところが改善できたらいいなと思っています。私はサードパーティーのソフトを使って図を作成しました。最近ではオンチップさんの製品を使った学会発表や論文が増えていますが、画面のスクリーンショットを図として使っているケースも見かけます。でも、あれは発表向きではないですね。きっと皆さん苦労しておられると思うので、図を出力できる機能を追加してもらえるとありがたいです。
── On-chip Sort (On-chip Droplet Selector?)の《推しポイント》は?
マイクロ流路と聞くと、サンプルをシリンジとチューブに溜めて、それを押し流すことを想像するかもしれません。この方法は、大ボリュームのサンプルを必要とします。生物系ではサンプルが特殊なことが多く、大ボリュームで用意することが難しいことが多いです。オンチップさんの装置は空気圧制御方式でサンプルを流し入れるため、量が少なくても問題ありません。生物系の実験者にはありがたいシステムです。
最近の私は、オンチップさんの装置を使わないでできることをやっています。狙っているドロップレットが1万個に1個、10万個に1個であれば、オンチップさんの装置を使うよりも顕微鏡上で吸い取っていく方が確実だったりするのですね。欲しいものがどのくらいの割合で存在しているのかを認識することが大切だと、個人的には思っています。細胞の蛍光フローサイトメトリーでは「0.1%問題」がありますよね。1000個に1個以下しかない標的を市販の装置で取ることは、ほぼ不可能なくらい難しいといわれています。そんなわけで、現在のところはオンチップさんの装置を使っていませんが、「宝探し」を続けています。
意外なことを発見するという研究の醍醐味
── 先生にとって「宝探し」の魅力とは何でしょうか。
思いがけないものが思わぬ機能を持っている、そんな発見が醍醐味だと思います。以前、微生物の酵素探索の論文(Sci. Rep. 6, 22259 (2016))を出版したとき「起業しないの?」と言われたこともありましたが、私は地道な探索を続けることに価値を感じています。
ドロップレット技術を用いて「宝探し」をする人はだいぶ増えてきた印象がありますが、私が始めた十数年前は本当に少なかった。ドロップレット技術はまさに「宝探し」のためのプラットフォーム。このプラットフォームを使って、いろんな人がいろんなものを見つけられるようになったらいいなと思っています。ただ、発見したものが日本の手を離れてしまうのはもったいない。知財化の仕組みや産学連携など、まだまだ改善の余地があると感じています。
── 先生が研究を通して実現したい未来像とは?
現在、研究の世界ではお金をかければいい成果を出せるというような風潮がありますが、「宝探し」なら少ない予算でも大発見のチャンスがある。世の中の役に立つお宝や他の研究の突破口になるようなものが見つかるかもしれません。そういう「宝探し」をしていきたいです。もともと日本は、有用酵素や生理活性物質などの「宝探し」を得意としてきました。ドロップレット技術でさらに「宝探し」研究が加速できればと願っています。
── ドロップレット技術に興味を持つ研究者へ、メッセージをお願いします。
オンチップ・バイオテクノロジーズ社の装置によって、ドロップレットを用いた研究の敷居はぐっと下がったので、ぜひトライしていただきたいですね。学生にもよく言っているのですが、やってみたら案外簡単にできることはよくあります。興味がある方は恐れずに、まずはトライしてみてほしいと思います。
(取材/文・坂元 希美)