ミリオン・スクリーニングで有益な微生物を探索!農業にイノベーションを起こす

「地球環境に大きな負担がかかっている」と様々な場面で言われるようになった。前世紀までに人類が科学の力を用いてかけ続けた負担を軽減し、持続可能な環境を次世代に渡すことが大きな課題であるが、その解決には科学の力が欠かせない。地球規模で進んだ環境汚染や土壌劣化の一因は農業が化学肥料に頼りすぎたことにあり、その問題解決の鍵を握るのは土壌にいる微生物だと理化学研究所 植物-微生物共生研究開発チームのリーダー市橋泰範氏は言う。しかし、人類が機能を知り得る培養可能な微生物は未だに1%に満たず、実験の困難さゆえに大いなる可能性を秘めたこの研究分野を支えるのが、ミリオン・スクリーニングを可能にする株式会社オンチップ・バイオテクノロジーズのハイスループットなドロップレット技術だ。市橋氏と、植物の病原菌への拮抗微生物探索で環境への負担が少ない微生物農薬開発に取り組む開発研究員の成川 恵氏にお話を伺った。

向かって左:市橋泰範氏 向かって右:成川 恵氏

農業現場への還元を目指す植物-微生物共生研究

── 農業の問題解決における植物-微生物共生研究とはどのようなものでしょうか。

市橋 泰範(以下、市橋) 私たちの研究室では日本の農業に最先端のテクノロジーで貢献することを目標に置いています。2021年に農林水産省が発表した「みどりの食料システム戦略」では、化学農薬の使用量を 50%低減、輸入原料や化石燃料を原料とした化学肥料の使用量 30%低減、耕地面積に占める有機農業の取組面積の割合を 25%(100 万 ha) に拡大すること等が謳われており、これらにコミットするべく農業を診断する技術、トラブルを改善する技術という2つの方向性で取り組んでいます。現状では農業従事者など農業現場の方だけでこれらの目標を達成するのは非常に困難ですから、科学で貢献していきたいと考えています。

診断する技術では、農業全体の見える化を研究しています。収量アップや作物のクオリティを決めている重要な要素には、研究分野を超えたセオリーがあります。植物と微生物、微生物と土壌の関係性をデータから読み解けるのではないかと考え、圃場でさまざまな測定機器を用いて植物、土、微生物など農業生態系のあらゆるデータを採取し、これまで植物学や農学、土壌学など分かれて研究されてきた分野に、データで横串を入れたいと考えています。いずれは農業生態系のデジタルツイン(※1)を作り、特定の地域や気象条件における作物の生育を高精度に予測できるようにサイバー空間でシミュレートするアプローチを研究しています。

※1リアル空間で得たデータ・情報を、鏡のようにそっくりサイバー空間上に移管し、再現する技術概念を指します。

改善する技術では、現場に介入・介在できるテクノロジーとして新規バイオリソースとなる有益な微生物に着目しています。その一つがアーバスキュラー菌根菌などの共生微生物です。陸上の植物の8割が進化の過程で菌根菌と共生関係を結ぶことで、あらゆる環境に適応してきました。植物が細胞内共生で葉緑体による光合成から酸素源を得るといった共生関係を築いてきたように、自身の根だけでは獲得できない栄養を共生している菌根菌が菌糸を伸ばすことで得るといった共生関係を築いています。その関係をうまく利用すれば、たとえばリン酸肥料の使用削減に繋がります。リン酸は農作物には重要な栄養素ですが、日本には原材料となるリン酸鉱石がほとんど存在せず、外国からの輸入に頼っています。リン酸は枯渇資源でもあるので、原産国が輸出をストップすれば、日本だけでなく世界の農業に与える影響は多大で飢餓や紛争も起きかねず、リン酸肥料になるべく頼らない農業は大きな意味を持ちます。実は、これまでの肥料投入で日本にはリン酸がかなり蓄積しています。植物の根は数ミリ程度の範囲のリン酸しか吸収できませんが、効率よくリン酸を吸収する菌根菌が共生してくれれば、新たにリン酸肥料を投入しなくても十分生育すると考えられます。農作物にとってよいだけではなく、資源の枯渇や環境負荷といった問題解決にもつながるのです。

このような菌根菌以外でも、植物と共生関係を構築する土壌中の微生物をドロップレットで培養し、大規模にスクリーニングすることで有益な微生物探索を行い、地球に負担の掛からない新しいバイオリソースを作り出すことで、「21世紀の緑の革命」を目指しています。

微生物農薬となる拮抗微生物探索も

成川 恵(以下、成川):私が現在取り組んでいるのは、地球環境に負荷を与えない微生物農薬を開発するために、マイクロドロップレット技術を用いた有用微生物を大規模にスクリーニングするプラットフォームを構築し、植物病原菌に対する拮抗微生物をリソース化する技術を確立する「地球環境負荷低減のための微生物スクリーニングプラットフォームの構築」プロジェクトです。農作物などに対して病気を起こす病原菌に対し、その菌量を減少させたり、病害活性を抑制する働きを持つ微生物を拮抗微生物と呼びます。この拮抗微生物を散布して化学農薬に頼らない病気の抑制を可能にすることで、有機農業を促進する効果が見込まれます。拮抗微生物を単離するときは、GFPなどの蛍光タンパク質を発現させた病原菌と土壌から採取した微生物をOn-chip® Droplet Generatorで同一のドロップレットに封入し、一定期間培養します。培養後に病原菌由来の蛍光が消失したドロップレット(=病原性菌に対し拮抗する微生物が封入されている)をOn-chip® Droplet Selectorで単離することで拮抗微生物を獲得できます。数百個のドロップレットに対して1〜2個程度しか当たり(=GFPが消失したドロップレット)がありませんが、この技術ではミリオンスクリーニングが可能になるので、従来法よりも一度に大量の拮抗微生物を単離することができるようになりました。

── 拮抗微生物は、同じ土壌の中で病原菌を滅ぼすものなのでしょうか。

成川:拮抗のメカニズムはいくつかあり、病原菌の栄養や生育場所を奪ってしまうもの、抗生物質を用いて相手を殺してしまうもの、植物の耐病性を促進するものなどが挙げられます。土壌の病原菌に対しては同じ環境にいる土壌微生物が適しているだろうということで、現在は土壌から拮抗微生物を探索しています。将来的に医薬分野などに応用するときは、ぬか床やヨーグルトなど食品から拮抗微生物が得られれば、薬として抵抗感が少なく有益だろうと考えています。

市橋:拮抗微生物を利用した農業技術はすでにありますが、種類はそう多くはありません。さらにバラエティに富んだ微生物を得ようとしても、従来の培養方法では実際に農業現場で評価するところまで残らないことが多いのですね。そこでオンチップさんの技術を使ったミリオン・スクリーニングで候補となる微生物の母集団を圧倒的に拡大することができれば、これまで見出せなかった拮抗微生物が見つかる可能性が高まると考えています。

成川:On-chip® Droplet Selector を用いて短時間でドロップレットを選抜・分注することで、微小な系での培養をハイスループットに実現できたことは、本当に大きな技術革新で、大規模スクリーニングが可能になったと思います。

市橋:スクリーニング技術が進歩すれば、究極的にはそれぞれの土地や農作物ごとに合った拮抗微生物や菌根菌などの有益な微生物が得られるのではないかと思います。現在は総合感冒薬のような誰にでもほぼ効くものを探索していますが、いずれはプレシジョン・メディシンのように個々に合ったものを見つけられるかもしれません。

成川:既存の菌を遺伝子操作など用いて改変するのも1つの手です。しかしながら、土地によって存在する微生物は様々なので、それぞれの土地になかなか定着しないことが問題となっております。日本は黒ボク土や褐色火山性土などさまざまな種類の土壌があり、さらに同じ土壌でも土地によって気候などの違いによる個性がありますから、拮抗微生物を散布してもすぐ死んでしまい定着できないのです。そこで、それぞれの土地にフィットする拮抗微生物を探索するために、母集団を増やしたスクリーニングを行うことで微生物のラインナップを増やしていくことが大事だと考えています。培地での実験上では効果が確認できても植物とアッセイした時に効かないケースもあるので、候補はたくさんあればあるほどいいと思います。

── 共生微生物や拮抗微生物の違いが農作物の個性や、産地のブランド力のようなものにつながるかもしれませんね。

市橋:そういうストーリー性があるので、私は微生物が好きなんです。たとえばワインにおける気候、地形、土壌の質などを重視するテロワールのようなものが日本の農業全般にもあるだろうと思います。日本は農作物の品目が非常に多いことで知られていますが、そこには国土が南北に広がり気候条件が多様で、黒ボク土を中心として複数の地質が土壌として存在することも関係しているでしょう。狭い国土の中で非常に複雑で多様な環境があってそれぞれにストーリーがあり、それを語るのが微生物だと思うのですね。だからこそ、微生物は重要なリソースなのです。今、少子高齢化によって農業の担い手がいなくなり、耕作放棄地が増える一方ですが、いったん作物生産やそのための土作りが途絶えると土壌の微生物は変わり、失われてしまうものもあるので再現不可能になってしまいます。多様な伝統農業の形式を持ち、世界農業遺産の20%を占める日本の農作物は微生物を介して培ってきたものでもあるので、この重要な生物リソースを守り、未来に引き継いでいくことが自分たちの世代に課せられたミッションであり、最先端テクノロジーで貢献できると思っています。

ドロップレット技術は微生物研究者の強い味方

── オンチップ・バイオテクノロジーズ社の製品を導入された経緯は。

市橋:植物-微生物共生研究開発チームを立ち上げたのは2018年ですが、その2年前に微小液滴技術を知り植物微生物研究に使おうとしました。非常にポテンシャルのあるテクノロジーだと思ったのですが、当時は手作業で時間がかかり、技術的なトレーニングも必要なのでなかなかうまくいきませんでした。そんな時に友人がオンチップ・バイオテクノロジーズ社を紹介してくれたのです。ドロップレットを自動で大量に作製し、微生物の封入・培養・単離を自動化できる技術だと聞いて、一気にポテンシャルが上がると感じましたね。チーム立ち上げ時に製品を導入して、ようやく微小液滴技術を思いきり使えるようになりました。サポートもきめ細やかですし、対応も日本語ですぐにしていただけるので本当に助かっています。

成川:私はラボで共生微生物を扱っている間にスクリーニングに非常に適した系だと感じて、拮抗微生物の探索によさそうだと実験を始めたのがドロップレットを使い始めたきっかけです。

市橋:以前の記事にも登場されていた長岡技術科学大学の小笠原渉教授や慶應義塾大学の福田真嗣特任教授も前から存じていましたが、微生物を扱っているとおのずとオンチップさんの技術に行き当たるのではないかと感じますね。共同研究も進めやすいのですよ。

── 今後に向けて製品や技術への期待をお聞かせください。

市橋:微生物がドロップレット内にあるままで多くの情報が取れることは非常に大きな可能性を秘めていて、今はまだ解析できない情報もストックしておくようなプロジェクトも考えられますね。蛍光の強度や屈折率といった今ある指標だけで解析してよしとするのではなく、ドロップレットを情報源として蓄積していけばその後に進歩した技術を活用することができる。耕作放棄地の増加で失われる土壌微生物のことを申し上げましたが、国内外で自然災害や紛争によって失われる土壌も増えていますから、ノアの箱舟のように未来に託す土壌微生物のタイムカプセルとして、ドロップレットを使うことができないかと考えたりもします。

社会にコミットする科学者を志して

── お二人はどのようにして研究者の道に進まれたのでしょうか。

市橋:高校生の頃からバイオロジーが好きで、教科書をいくら読んでも飽きないし、成績も良かったので好きと得意が重なっていて、これが自分の強みだと思い研究者を志しました。大学に入ってすぐに研究室に押しかけて、1年生なので研究はできないのですがアルバイトみたいな感じで実験をさせてもらったり、先生の運転手をしたりしていました。その研究室では生物の寿命を延ばすメカニズムを研究していて、当時は私も長寿が人類の幸せに繋がると信じ、医学で社会に貢献したいと思っていました。そんな時、線虫の中にはゲノムの欠損で寿命が延びる変異体がいると知りました。通常ではないかたちの存在が長寿を獲得するとはどういうことなのだろう、長寿の先に人類の幸せはあるのだろうかとふと疑問が湧き、もっと根源的なところでサイエンスと人類の幸せをリンクできるのではないかと思いました。そこで、発生進化学を学ぶために発生学で学位を取り、アメリカに渡ってカリフォルニア大学で発生進化学を学びました。基礎研究に身を置きながらもサイエンスと人類の幸せをリンクさせる、つまり社会に還元するにはどうしたらいいのか模索している時に植物微生物の大御所の国際学会発表を聞き、農業分野は大きな可能性を秘めたフロンティアだと惹きつけられました。当時、私はNGSの技術開発やインフォマティクスに取り組んでいて、それらの技術が大いに生かせるとも思いましたね。様々な分野を渡り歩いて来ましたが、自分の中では好きなこと、得意なこと、社会に貢献できることを一貫して志してきました。

── 人類の幸せという大きな目標を考えるが故に、ダイナミックに分野を超えて来られたのですね。日本では珍しいように思います。

市橋:海外ではよくあることで、その点ではアメリカで学ぶことができてよかったです。他分野との交流が盛んでしたし、科学者である前に人間であること、社会の一員として科学者が社会にどうコミットできるのかなどがよく話題になっていました。また、日本のこと、日本人であることをしっかりと考え、知る機会にもなり、日本や日本人ならではの科学を模索し、貢献したいと考えるようになりました。オンチップさんのような国産技術にも注目するようになりましたね。あんまり科学者っぽくないかもしれないのですが、私はすごくエモーショナルなんです。なので、自分の魂に響くところへと動いて行って、やりたいことと求められているミッションやニーズが合致しているとエネルギーが湧いてきます。現場でもよく感動していて、お茶の有機栽培をしている農家の方の世界観を知って感動し、それが次の世代に受け継がれないことの切なさを感じて何とかしなきゃと思う。自分がお茶農家になるには勇気が足りませんけれど、研究者として貢献できることがあるはずだといつも考えています。

── 成川様は、どのように研究の道に進まれましたか。

成川:私は高校生の頃は文系でしたが、獣医になりたくて理転しました。犬や猫を飼っていたので、言葉を話せない彼らの病気を治したいという憧れがあったのですが、動物実験があるとオープンキャンパスで知って、「自分にはできない」と諦めてしまいました。それでも生物学に未練があり、進学は生物か哲学かで悩みましたが、結局生物の道に進学しました。研究者になろうと思ったのは一般的にみたら遅く、修士を出ても研究者になろうという気持ちはまだ持っていませんでしたね。実験自体が面白かったので産業技術総合研究所のテクニカルスタッフになりましたが、働いているうちに自分で主体的に研究を行ってみたいと思いはじめ、結局博士課程に進学しました。研究者は世間では珍しい職業かもしれませんが、大学の理系だと身近な存在ですし、研究室に配属になれば一瞬頭をよぎる職業だと思います。ただ、昔は終身雇用が当たり前の時代でしたので、パーマネントになれるかわからない世界でやっていけるのか、奨学金を背負って生きていけるかしらとは思いました。それでも周囲の人々に助けられながら、なんとか研究者として今に至っています。

バイオロジーのものづくりでイノベーションを起こす

── 今後の展望についてお聞かせ下さい。

市橋:欧米でNGSやゲノム編集といった技術が生み出され、大きなイノベーションとなりました。次のイノベーションは、バイオロジーでのものづくりだろうと思います。有益な微生物を日本の土壌から探索し、日本ならではのバイオ技術で次のウェーブを起こすことが今後の展望です。成川さんの「地球環境負荷低減のための微生物スクリーニングプラットフォームの構築」プロジェクトもその一端を担うでしょう。

── 84日に成川様がウェビナーに登壇されますが、どのような方達に向けたものになるでしょうか。

成川:微生物の単離やスクリーニングの新しい技術に興味のある方にはきっとお役に立つと思います。農業・農学だけでなく生物学全般に使える技術なので、ちょっとでも微生物を扱う方、気になっている方にはぜひ参加していただきたいと思います。

── 微生物を扱う研究者や、これから研究者を目指す方々へのメッセージをお願いします。

市橋:研究者を目指す方たちへ、無責任に研究者は楽しいですよとは言えませんが、明るい世界が私には見えていますと伝えたいです。万事うまくいくわけではないけれど、未知との遭遇や新たな発見を目指す研究の世界は、楽しさと魅力のある世界ですから、若い研究者には働く中でその楽しさを見失わないでもらいたいです。微生物を扱う研究者の方々へは、ドロップレット技術を共に高めて行きましょうと言いたいですね。オンチップさんの製品を使う人たちは不思議とオープンマインドな方が多く、交流があり協力しあう関係性が生まれているので、ここから様々なイノベーションが起きていくと信じています。これもある種の共生関係かもしれませんね。根をオープンに伸ばし合って多くを吸収し、共に成長していけると感じています。

成川:どの業界でも仕事の厳しさやつらさは同じでしょうし、現在では将来が保障されないことも似たようなものだと感じております。私にとって、研究業界は困難もいろいろありますが、性別や年齢に関わりなく論文というかたちで業績を積み上げ評価されるという点では、努力が結果に結びつきやすいストレートさのある業界だと感じております。無責任に勧められる業界では決してないのですが、その人の個性が研究の展開に大きく関わるので、やりたいと思ったら是非チャレンジするほうへ舵を切っていただいて、個性豊かな研究がたくさん花開くところを見てみたいです。

(取材/文・坂元 希美)

: 2024.07.07

: 2024.07.11